子供 個性と才能

子供の個性と才能;才能に関する誤った考え方
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子供 才能とは



 才能は、しばしば誤って考えられ、そのため、才能の開発が妨げられたり歪められたりしている。

 特殊な才能が生まれつき人それぞれに備わっているという考え

 2歳になったばかりの子供に、どんな才能があるかを発見しようとして焦る母親も、けっして珍しくはない。もっと極端になると、強化や職業についての世間一般の便宜的な区分に対応して、才能も区分されていると信じて、たとえば3歳児に、「理科的な才能」があるとか、「芸術的な才能」がないなどと一喜一憂する。
 
 確かに、才能の一部分は、生まれつきによって、あるいはごく幼い頃の未知の条件によって、ある程度決定されるらしいということが分かっている。しかしそれが、直ちにに具体的な仕事での才能を決定してしまうわけではない。

 具体的な才能の大部分は、環境条件の刺激、本人の興味、基本的な技術の正しい訓練によって、徐々に形成される。幼い子供が持っているのはもっと大ざっぱな、多くの才能の基礎とでもいうべき資質である。子供は、親や教師が「これこれの才能」と決めつけてしまえるよりも、ずっと多くの才能の芽生えを持っている。

 まして、子供の才能が、便宜的な教科や職業の区分にしたがって分化しているわけのものではない。どの教科でも、どの職業でも、さまざまな才能が生きる余地があるし、また、それを必要としている。

 例えば、法律家や言語学者の中にも、数学的な思考や技法に優れた人がいなくてはならないし、医師や物理学者の中にも、人と話し合う能力や、物を書く能力に優れた人がいなくてはならない。

 「理科的な才能」とか、「芸術家的な才能」とかいうものは、俗に考えられているほどはっきりしているものではない。まして、早い時期から分化しているものではない。

 才能は教育のしかたしだいで自由に形成できるという考え

 前項で述べた誤りとは反対の方向の誤りである。もっともこれはまったく誤りだというわけではない。才能には後天的な要素が大きいと信じられるから、当然、教育や経験が大きく影響するに違いない。

 しかし、どういう教育が、どういう才能を、どのように伸ばすかということは、大部分の場合、的確に知られていない。

 また、才能にいちばん大きく影響するのは、考え方や教育内容というような意図的な教育ではなく、親や教師、そのほか子どもに近い人々の行動、態度、雰囲気を通じての非意図的な教育であろうと考えられる。

 だから、生半可な知識や信念で思うままに才能を加工しようとする試みは、有害無益となりかねない。

 一つの仕事に才能があれば習い始めから頭角を現すという考え

 これは、ずいぶん広く信じられている考えである。例えば、幼稚園で唱歌が上手だと、音楽の才能があると考えたり、小学校で理科の成績がよいと、自然科学の才能があると考えたりする類である。
 
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 大部分の仕事において、習いはじめの頃の成績を大きく支配する能力と、十分に学習してからの成績を左右する重要な能力とは、必ずしも同一ではないことが知られている。初期の成績は、とりついた時の態度、飲み込みの良さ、それまでに類似の仕事の関係してすでに獲得している技能などによって大きく影響される。

 ところが、じゅうぶんに訓練されてからは、そうした要因はほとんど関係がなくなり、その代わりに、訓練を通じて獲得した技能と、その仕事に固有な特徴につながる能力とが、重要になってくる。

 従って、初歩の段階に適した能力に恵まれた者は、始めのうちは成績が良いが、後になるとパッとしなくなる。逆に、熟練段階に適した能力に恵まれた者は、始めのうちはそれほどのことがなく、後になるほど抜きん出てくる。

 その上、仕事そのものの内容が初歩の段階と高度な段階とでは、著しく違っている場合も多い。例えば、小学校の算数では計数や計算が大きな部分を占めるが、大学院の数学では計算の作業はきわめて小さな位置しか占めない。

 ある研究では、一般的に能力の低いものを除いた普通の生徒を対象にした場合、小学校の低学年での国語や算数の成績と、高校でのそれに対応する教科の成績とは、ほとんど無関係であることが分かった。

 才能の早期発見のむずかしさ

 以上の3点を総合して、「才能の早期発見」、つまり「この子はこういう才能を持っている」と早くから信じ込んでしまうことは、現代の知識の水準では、あまりに陥りやすいと結論しないわけにはいかない。

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