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才能の開発 才能とはなにか

才能についての間違った考え方



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 <才能開発のさまたげになるもの>

 「才能教育」ということがば新鮮な魅力を持っているので、ややもすると才能というものがなにか特別なものと考えられがちです。そのためにせっかくの才能の開発がさまたげられてしまったり、ゆがめられたりしがちです。

● 生まれつき才能がそなわっているという考え方


 2歳になったばかりの幼児が、テレビで覚えたコマーシャルソングを歌うのを聞いて、すぐこの子には音楽的才能があると考える母親。4歳の子どもが古い時計を分解しているの見て、この子には科学的才能があると思い込む母親。そんな親が世の中にはよくいるものです。

 たしかに才能のなかには、よく天才と言われた人たちの伝記にあるように、ひじょうに早くから才能をあらわしてくるものもありますが、むしろ大部分の才能は、環境からの刺激、本人の興味、基本的な技術の正しい訓練によってだんだんに作られていくものなのです。

● 才能を職種や教科の分類で区別する考え方

 理科的とか文科的、あるいは芸術的とか科学的というようなことばで、幼児の何げない行動を批評することがあります。

 小学校の時代から国語、算数、理科、社会、音楽などをそれぞれ違った時間に教えられてきたので、それぞれの教科に対応する才能があると、素朴に考えがちですが、子どもの才能は決して教科にしたがって分類できるものではありません。

 歌を歌う、絵を描くということは子どもの好むことなので、かなり幼いときから歌ったり、描いたりします。このような時期に、よく絵を描くからこの子は画家にしようなどと思ったら、子ども本人にとってもたいへん迷惑なことです。
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 専門の科学者には科学者らしい考え方や生活態度があり、芸術家には芸術家独特の直感というものがあります。しかし、これらは長いあいだの訓練を経て、しだいに作られていったもので、けっして、子どものときからはっきりした形であらわれてくるものではありません。

 化学的な才能とか、芸術家的な才能というのは、俗に考えられているほどはっきりしたものではありません。

 幼い子どものしめすものは、さまざまな才能の基礎となるようなものであって、これに環境の刺激や本人の意欲や、訓練が加わって、はじめて才能としてのはっきりした形をとってくるようになるのです。

 親はひと口に、「○○の才能」と言い切ってしまいますが、幼児はそれよりもはるかに多くの“才能の芽生え”を持っていることに注意したいものです。

● 才能は教育によって自由に作られるという考え方


 才能は生まれつき持っているという考え方とは逆に、教育によって自由に作り出せるという考え方があります。

 才能が才能として具体的に実を結ぶためには、環境からの働きかけ、つまり教育が大切なことは、論を待たないところですから、この考え方はまったく誤っているとはいえません。

 しかし、ある一つの才能を伸ばすには、どのような方法で、どんな内容の教育をすればよいかという点になると、2,3の例のほかは、まだ研究が進んでいません。

 才能に大きく影響するのは、親や教師が”なんとかこの子の才能を育ててやろう”という意識した教育ではなく、子どものまわりの人たちの日常の生活態度、雰囲気というようなもので、これが子どもの自発的な意欲を呼び起こし、やる気を起こさせていくものと考えられます。

 また、赤ちゃんは”これからどんな色にでも染められる白紙の状態”で生まれてくるのではありません。持って生まれた素質という”ある程度の色合い”を持っているのですから、これをどうにでも変えられると思うのはいきすぎです。

 中途半端な知識や裏付けのない信念だけで、子どもの才能を思うままに作りだそうとするのは、有害無益な結果になりがちです。

● 才能があれば人より早く抜きんでるという考え方


 幼稚園のころに歌を歌うのがうまいと、一生音楽的才能の恵まれていると考えたり、子どものときに機械いじりが好きだと科学者に向いているだろうと考えたりすることです。

 ところが実際の例にてらしてみても、子どものころ得意であったものを、そのまま自分の職業としている人は決して多くはありません。

 小学校時代の算数の成績がそれほどよくなかった人が数学者になったり、とくべつ絵のうまくなかった人が画家になることもしばしばです。

 出だしが快調でも長続きするとは限らない
 習い始めのころの成績は、その子どもの飲み込みの良さ、それまでに似たようなことをやっていたかどうか、それにとりついたときのその子どもの態度はどうだったか、などによって大きく左右されます。

 しかし、かなり学習が進んでからは、このようなことはあまり重要ではなくなります。その代わり、それまでの学習によって身につけた技能を、その学問なり芸術なり仕事なりに、うまく結びつける能力がものをいってきます。

 したがって、出だしが快調でも長続きしないばあいと、はじめは目立たなくても、しだいに力をつけていく場合とがあります。

 小学校から高校まで続いているある学校で、生徒の成績の変化を教科ごとに調べたところ、算数(数学)については、中学のときの成績と高校のときの成績とのあいだの関係は、ひじょうに高かかったのですが、小学校のときと高校のときの関係は決して高くはなかったのです。

 つまり、小学校のときに算数がよくできたものが、高校の数学の成績が良いとは決して言えないのです。国語とか社会についても同様でした。

 幼稚園や小学校の低学年のころによくできたからといって決して安心はできません。また、できなかったからと言って、それほど心配することもないのです。

● 間違った考え方
● 才能を伸ばす方法
● 才能をさまたげる条件
● 才能教育の考え方


 



 
 親の責任は子どもを”大過なく守る”ということではなくそのエネルギーを”最大限に発揮させる“ということであろうと思います。ここでは妊娠中から就学前まで子どもの発育のなりゆきを扱っています。この時期の子育てを終えてだいぶ経ちますが、むかしの子育てが現代の子育てに役立てばと思い、むかしの経験のまま記しています。参考になるものがありましたら応用して実践してみてください。

 



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